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大和北部八十八ケ所霊場は江戸中期の明和年間(1764~72年)に制定されたといわれる。何度か寺の入れ替えがあったが、現在は南都七大寺に数えられる「大安寺」(奈良市)を1番札所として、88カ所の札所と番外・別格の寺院を合わせた95カ所をめぐり、女人高野の「室生寺」(宇陀市)をもって結願(けちがん)となる。
95カ所には、吉野町の金峯山寺蔵王堂以外の世界遺産の寺はすべて含まれる一方、「大森大師」(奈良市)や「百済寺」(広陵町)など10カ所はすでに廃寺や無住職となっており、今では霊場の存在を知らない人がほとんどだという。